(5/17更新)人から学ぶためには、技術が必要!

 読んだ方たちは、意外だと思うかもしれません。

 実は、人から学ぶということは、非常に優れた技術が必要なのです。なぜなら、相手(この場合は先生)は、自分とはまったく別の言語の文化あるいは進退の意識を持っている人だからなのです。例えば、相手の指導の「腕をまっすぐ伸ばす」が、自分自身の「腕をまっすぐ伸ばす」と同じであるということはめったにないと思ったほうがよいのです。「腕」もたぶん違うし、「まっすぐ」もたぶん違うし、「伸ばす」もたぶん違う。
 あるいは、かならずしも相手(先生)の指導が適切とは限りません。技量が優れていても、教えるほうの技量は期待できないことも多いのです(なかには、教える技量があっても、わざと反対のことを教える方もいるようです)。
 あるいは、技量もないかもしれないけれど、教えるのはうまいことも。
 あるいは、技量も、教える(伝える)能力もないことも。

 「学ぶ」ための最大の秘訣、それは、まず自分自身がいるところに戻ることです。もちろん、これは自分勝手になるという意味ではありません。
 次に相手(先生)の実際に行っている動きをきちんと見ます。観察します。
 次に先生のようなことができるようになりたいか? 確認します。
 そして、先生の動きと言葉との一貫性(つながり)があるかどうか? 意味を考える必要はありませんし、厳密にやる必要もなく、大雑把にすればよいです。単に一貫性(つながり)があるかどうか? もしなければ、教える技量がないか、教えるつもりがないのかもしれません。しかし、仮りにそうでも、「その相手(先生)から離れろ」とは言いません。
 次のその相手(先生)の動きを自分ならどう表現するかを考えます。もし適切な言葉がない、あるいは観察できなければ、先生の言葉と見えない動きを求めていくしかありません。
 しかしながら、そこまでの技量の方は、それほどいらっしゃらないので、普通はなんとかなります。
 いずれにせよ、相手(先生)がなにをしているか、いつ・どこで・どんな状況で・どんなふうに・誰に・何をおっしゃったのかは、きちんと整理しておくべきでしょう(マインド・マップがおすすめ)。

 そうしておけば、あるとき急に気づくことも、あるいは身体教育の専門家(例えばアレクサンダー・テクニックの教師)の力を借りやすくなるのです。
 学ぶには技術が必要なのです。


 ところで、もし、仮に先生に技量も教える能力も期待できないときには、別の方を探したほうがよいでしょう。しかし、そのジャンルにほかに誰もいないときには、わずかな手がかりを辿って、復元するしかありません。それでも創始者の苦労よりは少ないでしょう。
 

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